不登校からの高校進学・・・定時制高校(D君の場合)

こんにちは。
こころのそえぎ(福本早穂)です。


今回は、中学時代に不登校だった
D君が、学校以外のさまざまな経験をして
定時制高校を進路選択した話を
したいと思います。



小学校のとき、
体格がよく勉強もできたDくんは、
いつもクラスのみんなから
一目おかれている存在でした。


でも、性格はやさしく繊細なところがあり、
ちいさいときから習っているピアノを
ずっと続けている男の子でした。

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D君の地域は、
古くから代々住んでいる人の多い小都市でした。
なので、小学校の友だちも
同じ幼稚園、保育園に
行っていた子が多く、
気心の知れた仲間でした。


D君が高学年になったころ、
隣の校区に
新しいマンションや新築住宅が
つぎつぎに建設され、
若い世帯が引っ越して来ました。


その校区では、
転校生が急に増え、
先生方が対応に追われ、
学校がだんだん荒れて来ているという噂も
耳にするようになってきました。



D君が、中学に入るときには
複数の小学校から集まる生徒数も
当然、急激に増えていました。


地域のコミュニティの中で、
小学時代を成長したD君は、
中学入学後の急激な環境の変化に
戸惑うことが多かったのです。



<中間管理職のようなクラス委員>

新学期が始まって、まもなく
クラス委員を決めることになり、
生徒同士がまだ知り合ってない状態
を考慮されたのか、
生徒の選挙ではなく、
先生が指名することになりました。


そして、D君と女の子が一人
指名されました。


D君は、小学校とはちがって
知らないクラスメイトが多く、
しかもざわざわと落ち着かないクラス
の雰囲気に圧倒されていたので、
できればクラス委員はやりたくなかったのですが、
断る勇気もありませんでした。


隣の校区から来た生徒は
数も多いので、
すぐにグループができていました。


やがて、
休み時間になると、教室の真ん中で
そのグループが大声でだれかをからかったり、
いじめのようなことも起きてきました。


Dくんも、そのターゲットになることがしばしばありました。


HRの時間も、そのグループが協力的ではなく、
話し合いがなかなか進まなくなってきました。


先生は、注意はするのですが、
あまりきつくしかることはなく、
D君に、「クラス委員なのだから、
しっかりクラスをまとめるように」
とみんなの前で言うのでした。


上司からは業績アップのプレッシャー
部下からは突き上げをくらう


D君の上に、
まるで会社の中間管理職のような
苦しみが、
毎日続きました。


D君は、毎日重苦しい気持ちで
登校していましたが、
ある朝、起きられなくなってしまいました。



その日から、
朝、頭痛がひどくて起きられず
欠席する日が増えてきました。


病院に行って検査しても、
原因はわかりませんでした。

お医者さんは、
「精神的なものでしょう。
しばらく学校を休んで
様子をみるように」
と言われました。


お母さんは、医師の言葉を
学校に伝えて、
D君をしばらく休ませることにしました。



当時をふりかえってお母さんは、
「パートに出ている間、
家にいるDが、家のすぐ近くにある
川に飛び込むんじゃないかと
心配で仕方なかった」
と言います。


それほど、D君は憔悴して、
いつもうなだれて
ご飯も食べられなくなっていました。



学校を休むようになっても、
心の中は
漠然とした不安、
自己否定の気持ちが
渦巻いていて、
心身は休めていないのです。



そんなD君がどのように回復していき、
高校進学を決めたか
次回に書いていきます。
ぜひ読んでください。


<初期対応は重要>

不登校の初期対応は
後の回復に大きく影響します。


親御さんがはやめに
不登校に理解のある
支援者につながってください。


こころのそえぎも
どうぞ
お役立てください!

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お読みくださると、
回復のプロセスがわかります。






<参考図書>
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不登校の子どものサポートが
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